環境問題市民講座
「日本の森どうなる?どうする?」
講師:八尾 哲史 氏
 (大阪大学大学院 特任研究員)

              エコ体験P  西森 記

 2月16日(水) 吹田市民会館において神戸(都会)育ちの、八尾氏が岐阜の山で仕事をなさった折の体験を踏まえての思いと、これからの願いを2時間弱お話いただきました。
 いわゆる林業家といわれる人は仕事場を山という。山には昔から神が宿るといわれており日本人は自然(海・山)を愛し・畏れ、自立と自律をしてきた。しかし太平洋戦争後、町は焼け野原、その復興のために山のめぐみを、我々は自分達の生活を守ったり、豊にするために使ってきた。
 結果、山は荒れ、今岐阜など日本の山間地は80歳以上の人が60〜70%。山の持ち主が不明で荒れるに任せている。育てるという自律の部分が捨たれて山は荒れている。
 このあたりを先生は、森を「盛り」こんもり 静(静寂かな)ところ、神が守るところ、と表現されました。
 そして林を林立する所、使えるものが沢山あるところ(例として書林などともいう)そして、囃子立てる(引き立てる)誉めそやす(育てる)として、昔の人は使い分け(自律)した。
 ・・という当たりをクイズ形式で解き明かす楽しいお話になりました。

 ここからは、話を聞いた西森の感想になります。
 今日本は、在日本の資源を使っていない、例えば紙にしてもブラジル・カナダ・北ヨーロッパなどから伐採・運搬などで多くのエネルギーを使い、更に工場で製品化している。これは自立でもなく、もちろん自律ではない。このあたりを、後進国といわれる人たちに「もったいない」という言葉を先進国にお返ししたいと言われている。先生は岐阜の山中、子供との交流など色々
 
な接触の中で、ハット気づいたり、点火したり、させられたりの刺激の中で、子供は不思議なもの、面白いものを見つけ「遊ぶ・学ぶ」をやって行く。そこに仲間や大人がいると 発表(表現)の場を得ることをご存知です。
 本日、先生は自分も楽しみながら、我々聴衆を満足させたように感じています。多分時間が足らなかったような印象でした。
 我々は7つのプロジェクトを持っていますが、その活動が継続できるのは、仲間や若い人たちが感動してくれる、あるいは多分若い人たちが後をやってくれる、と思うからであって、子供たちが「自分で体験をして見つけ出した知識」はしっかりと身につきます。センス オブ ワンダー: レイチェル・カーソン という言葉があり、大人も子供も元気をもらっていく関係がうれしいのではないでしょうか?
 ここで表題に戻って、どうなる?を方向つけるのは、戦後の失敗を検証できアドバイスする責任の有る我々であって、どうする?はやはり体力・知力に勝る若い方達であろうと思うのは−無責任でしょうか?
 是非とも上手く世代交代を果たしたいものですね。 
市民講座の様子 画面のグラフ拡大図 1960-2009年間 国内木材需要量の中で国産材(青)の比率が低下している。1960年約6000万mほぼ9割→2009年約2000万m3割弱 
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グラフ拡大図 日本の人口林と天然林の割合